プロフィール

いしざき遊太の生い立ち

1991年4月
神奈川県横須賀市の病院で、3人姉弟の末っ子として誕生。
4,120gという驚異的な体重で生まれ、周囲を驚かせる。
2歳の時に三浦市に引っ越してきたため、アイデンティティは完全にみうらっこ。
食べることに異常なまでの執着を持ちながら、上宮田小羊保育園でのびのび育つ。
小学生時代(上宮田小学校)
なぜか急に足が速くなり、自然とスポーツに熱中するようになる。
三浦旭サッカークラブ、ロビンソンテニスガーデン、三浦ローンテニスクラブに所属。
保育園の時から興味のあった料理にも本格的に打ち込む。
共働きの両親が常備してくれていた食材を使って、友達に料理を振舞うのが何よりの楽しみに。
中学生時代(南下浦中学校)
硬式テニス部が無かったため、姉の影響もありバスケットボール部に入部。
楽しくもハードな練習を乗り越えたことで、強靭な体力と忍耐力を身につける。
部長として、生徒会長として、組織を運営するやりがいと難しさを体感する。
引退後は独学で猛勉強し、兄がOBでもある県立横須賀高校に合格。
高校生時代(県立横須賀高校)
バスケットボール部と硬式テニス部どちらに入部するか迷うが、テニスを選ぶ。
途中で持病の大きな手術などもあり、満足に部活に打ち込めない悶々とした日々が続く。
一時は退部も考えたものの、サポート要員として最後まで仲間たちと歩む。
引退後は勉強に打ち込むも、志望大学には学力が及ばず、1年間の浪人生活を経験。
大学生時代(慶應義塾大学)
多角的な側面から政治の在り方を学ぶため、総合政策学部に入学。
三浦の実家から往復約4時間の通学だったが、電車でたくさん本が読めたので苦ではなかった。
主に地方政策学と障がい者福祉を専攻し、あらためて地方政治に関心を抱くようになる。
公務員を志すも、色々悩んだ結果、土壇場で民間かつ自分の好きな領域(=食品業界)で働くことを決意する。(このあたりの葛藤については過去のブログ記事にて)
サラリーマン時代
一番働きたかったキッコーマン株式会社に内定をいただき、入社。
営業マンとして、初任配属地の北海道に赴く。
辛いこともたくさんあったが、大きなやりがいを感じながら働く。
東京本社に異動となった後も、営業マンとしてのスキルを磨きながら、充実した毎日を送る。
小学校のころから幼馴染だった妻と結婚。
このまま会社に骨をうずめたい気持ち半面、故郷である三浦への想いも強まっていく。
三浦へのUターン
さまざまな葛藤の中で、思い切って会社を退職し三浦に戻る。
約7年間外に出ていたからこそ、あらためて三浦のすばらしさを再認識する。
その一方で、解決しなければいけないさまざまな問題にも直面。
地域活動と並行して、政治という観点から三浦市に携わることを決意する。
2023年1月に新しい命を授かる。
三浦市議会議員選挙への挑戦
2023年4月の三浦市議会議員選挙に、完全無所属の立場で立候補。
地盤(組織)、看板(知名度)、鞄(資金)の乏しい状態である上、選挙カーを使わないという戦い方に冷ややかな声も少なくなかったが、『議員という重要な人材を“特権階級化”してはならない』と訴え続け、市民との対話を繰り返す。
結果として、誰もが予測しえなかった1960票という得票を賜り、2位当選を果たす。
市議会議員として
市議会では都市民生常任委員会、議会運営委員会、議会だより編集委員会に所属。
会派には属していないものの、さまざまな先輩議員に教えを乞い、自身でも勉強を重ねている真っ最中。
議員の仕事の見える化にも取り組みながら、地方議員のあるべき姿を模索中。